ふたつの「うつす」

K社からでているファッション誌を購入した。私が熱を上げている若手俳優の写真記事が掲載されたからだ。

ファン歴の浅い私は、この人の写真をまだ多くは目にしていない。(先日の誌上ドラマと公式サイトのものぐらいか?)


どんな写真だろう、とワクワクしながらページをめくり、「わ」と小さく声をあげてしまった。

写真の1枚目から、全く知らない人物を見ているような錯覚に陥ったのである。

写真についての知識も経験もない「超ド素人」なので、いささか的外れな感想になるかも知れないが「ヒトリゴト」だと思って読み飛ばしていただければ幸いに思う。


「写す」の対極にあるもの。

それは写されるということでなく「映す」ということではないかと思う。

ふたつの「うつす」が絶妙なバランスをとりながら、「映し」だされた写真の数々がそこにあった。


カメラマンが人という被写体を「写す(瞬間をとらえ、切りとり、表現する)こと」

人という被写体が自分自身を「映す(さらけだし、応え、表現する)こと」


雑誌を手に、しばらく思いをめぐらせていた。